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漢方は日本語!


漢方薬と言えば、中国のものというイメージが強い人が多いのではないでしょうか。
実は、漢方薬は日本のもので、「漢方」という言葉は日本語です。
歴史を見ればわかるので、簡単に漢方薬の歴史を書いてみます。

 

漢方は日本語!

 

1.中国の昔の医学書 代表3つ


確かに、漢方の源流となっている伝統的な医療は、中国にありました。
書物から見ていきますと、紀元前、中国の最古の医学書と言われている「黄帝内経」という書物が書かれ残っていますが、明確にいつの時代に誰が書いて、編集したのかという事は分かっていません。
「神農本草経」(最古の薬用の動植物、鉱物の辞典のような書物)、というのもありますが、こちらもいつ書かれたものか分かっていません。
後漢の時代に、張仲景(ちょうちゅうけい)という医者が、「傷寒雑病論」という書物を残します。(日本では弥生時代ですね)
これら3つの書物が、中国の伝統医療の古典となっており、その後、中国内で研究に研究が重ねられ、現在の「中医学」となっていきます。

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写真AC

 

2.日本の伝統医療のルーツ


では、日本にフォーカスを当ててみましょう。
中国で発展しつつあった伝統医療は、日本では聖徳太子の時代には、それなりに伝わっていたようです。明確にいつというのは、分かりません。
最初は、皇族といった上流階級の人のための医療でしたが、徐々に大衆にも広まっていきます。しかし、ずっと中国の伝統医療の模倣がメインの時代が続きます。
ところが、日本は江戸時代に鎖国をしましたね。
この江戸時代に、中国の伝統医療の模倣が、急速に日本独自のものに発展して行ったようです。これが、現在の日本漢方の基礎になっていきます。

 

3. 漢方は日本語


江戸時代は、医療といえば、当時の伝統医療しかありませんでした。しかし、江戸時代中期にオランダから西洋医学が伝えられると、この二つの医療を区別して呼ばれるようになりました。当時の西洋医学をオランダ(蘭)から伝えられたので、「蘭方」と呼ばれ、それまでの伝統医療を、漢から伝わったものなので、「漢方」と呼ばれるようになりました。
つまり、漢方という言葉は、日本国内で作られた日本語です。

 

余談ですが、中国に行って「漢方ください」と言っても、日本語なので通じないらしいです。しかし、日本人観光客の多いところは、通じる可能性があるそうです。

 

4.明治維新


明治維新後、残念ながら明治政府は、漢方を正式な医療からはずし、西洋医学が医療だと設定したため、衰退してしまいました。富国強兵、戦争へと、突き進んでしまったため、消毒や手術のような医療の方が重要となり、それらが西洋医学の方が適していたのでしょう。
戦後になり、平和になってきますと、比較的、副作用の少ない伝統医療も見直されて、現在の漢方薬に至っています。

 

アガパンサス

 

 

写真はアガパンサスです。実家の庭で咲いていました。